ニュージーランド産緑イ貝抽出物等による生活習慣病(ガンを含む)に対する痛みとQOLの改善
はじめに
ロンドンと東京は経度で135度離れており、時差は9時間あります。東京からロンドンには飛行機だと12時間で着きますが、ロンドンに到着する頃には睡眠不足で食欲もなくなり、疲れ果てていることでしょう。これは一種の副作用です。一方、船や汽車で行けば6日ぐらいかかると思いますが、飛行機の時のような副作用はなく元気にロンドンに到着することができます。どうしてでしょうか?なぜなら、前者は短時間で移動したのに対し、後者は時間をかけて静かに移動したからです。病気の治療についても同じことが言えます。ゆっくりと徐々に疾患を治療すれば、即効性で強力な薬で起こるような副作用を避けられるということです。
本日は、関節炎とガンを取り上げます。これらの疾患は、疾患そのものが深刻な上に、治療は難しく、治療による福作用など疾患以外の大きな問題も抱えております。したがって、私達は症状自体の治療と同時にQOLの維持にも配慮しなくてはなりません。また、これらの疾患のもう1つの共通点は、疾患に血管新生と炎症が非常に深く関わっていることです。血管新生抑制作用や抗炎症作用を持つ製品は、数多くあります。実際は、ステロイド剤、NSAIDs、鎮痛剤、細胞毒性のある薬剤などが使用されています。これらの薬は、先程の話ですと飛行機に当たります。即効性はありますが、副作用もあります。一方、天然物由来の製品の中には、副作用がなく緩徐に効果を発揮するものがあります。そこで本日の講演では、数多くある海洋性生物由来の製品の中から、海洋性脂質である「マコリピン」とニュージーランドの緑イ貝からの抽出物である「GLME」を取り上げ、その原理などについてお話します。科学的に薬効が証明されたこれらの製品は、まさに船や汽車のような製品と言えるでしょう。
血管新生
1. 血管新生とは
血管新生は、創傷治癒、生理、妊娠のような多くの生体機能に関わり、通常はプロモーター、インヒビター、サイトカイン、増殖因子によってコントロールされています。これらの因子のバランスが崩れると、血管が過剰に新生されることによって腫瘍の成長や転移など、多くの問題が生じます。
腫瘍が小さいうちは周囲の組織から酸素や栄養素を得て成長しますが、直径2mmを超えると、さらに多くの栄養を得るため、また不要な代謝産物を排出するために血管が必要になります。腫瘍細胞は、線維芽細胞増殖因子(FGF)、血管内皮増殖因子(VEFG)、形質転換増殖因子-β2(TGF-β2)といった血管新生促進因子を発現します。これらの因子が血管内に移行し、レセプターに結合すると、その血管から腫瘍へと新しい血管ができ、腫瘍はさらに成長し、転移も可能になります。したがって、疾患の進行を防ぐためには、レセプターへの血管新生因子の結合を阻害するか、これらの因子の発現を抑えるなどして、血管新生を防ぐ必要があります。
2. マコリピン
マコリピンは鮫肉から抽出した、特殊な性質を持つマリンリピッド(海洋性脂質)です。その性質の多くは長鎖脂肪酸に由来しています。腫瘍の成長・転移には形質転換増殖因子-β(TGF-β)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、インターロイキン-1β(IL-1β)、血管内皮増殖因子(VEGF)といった様々なサイトカインや増殖因子が関係しています。これら4つの因子に対するマコリピンの作用について、オタゴ大学で実験が行われました。その結果、TGF-β、FGF-2、VEGFの血管新生促進作用はマコリピンにより完全に阻害されることが明らかになりました。一方、マコリピンはIL-1βの持つ血管新生抑制作用を増強することも分かっています。
炎症
1. 炎症とは
炎症はガンや関節炎を含む多くの疾患に関わっています。したがって、様々な疾患の治療において、ステロイドやNSAIDsなどに随伴するような副作用を引き起こすことなく炎症を抑制することが非常に重要です。実際、結腸、肝臓、肺などに生じる腫瘍の一部は炎症部位に発症します。この際、腫瘍の成長に影響を及ぼすのは急性炎症ではなく慢性炎症であるため、慢性炎症の炎症過程を阻害することが極めて重要になります。
2. アポトーシスとネクローシス
アポトーシスとはプログラムされた細胞死のことであり、このアポトーシスにより体内の古い細胞が新しい細胞に置き換わっています。これに対しネクローシスは、体内環境の悪化によって起こる受動的な細胞死のことです。
下図のように、正常にアポトーシスが機能している場合、好中球は細胞の表面にホスファチジルセリンを提示します。それを見つけたマクロファージが好中球を貪食し、TGF-βなどのサイトカインを発現します。TGF-βは血管新生惹起作用があるため好ましくないとお考えになるかもしれませんが、TGF-βには抗炎症性サイトカインとしての機能もあります。つまり、重要なのはそのバランスなのです。
下図のように、何らかの疾患でアポトーシスが正常に機能せずネクローシスによって好中球が死滅した場合、マクロファージは死滅した好中球を貧食し、前炎症性サイトカインであるTNF-αを大量に発現します。
GLME
1. GLMEとは
GLME(Green-Lipped Mussel Extract)は、ニュージーランドに生息している緑イ貝の抽出物です。緑イ貝は日本でおなじみのムール貝に良く似ていますが、ムール貝とは異なる独特な種であり、フィリピンや南アフリカに生息しているGreen Musselとも異なります。
私は1972年からGLMEの作用機序、様々な疾患に対する効果、特に炎症性疾患に対する効果について研究を続けています。実際、GLMEには抗炎症作用、軟骨保護作用、胃保護作用が認められており、関節症や関節炎に長年使用されています。GLMEは多くの機能を持つ天然のサプリメントであり、疾患に対し様々な角度から作用するという特徴を持ちます。さらに重要なことは、GLMEの作用は低度から中程度であることです。これは、船や汽車でロンドンへ行くのと同じです。つまり、関節症や関節炎の治療で用いられるステロイド剤やNSAIDsに見られるような深刻な副作用は、GLMEにはありません。もちろん副作用のないものは世の中に存在しないため、「天然成分だから副作用が全く無い」と言いきるのは良くありません。GLMEも「食事と一緒に摂取する」という指示を守らなければ消化不良を起こす事もあります。しかし、重篤な副作用がないというのは事実です。
2. GLMEの抗炎症作用
GLMEは、好中球の遊走、炎症惹起性サイトカインの産生、プロスタグランジン2シリーズの合成、ロイコトリエンの合成などを阻害します。このようにGLMEは様々な機序で炎症反応を抑制する上、線維素溶解活性、抗酸化活性、抗血小板活性もあるため、血栓などを防ぎ、血管の恒常性を保つのにも有効です。NSAIDsも同様の目的で使用されますが、同時にひどい胃腸障害を起こしてしまいます。GLMEはこのような作用に加え、胃保護作用も持ち合わせているのです。
1) 好中球の遊走
通常、好中球の50%は血液中を流れており、残りの50%は接着分子によって血管壁に付着しています。ところが、炎症性刺激(創傷や細菌感染など)を受けると、より多くの好中球が血管壁に接着し、血管構造が変化します。血管の透過性が増加し、好中球が炎症箇所に集まり、腫れ、浮腫、痛み、熱を引き起こします。
2) GLMEの好中球遊走に対する効果
下のグラフは、ニュージーランドのオークランド大学で行われた実験で、GLMEの好中球遊走に対する効果を示したものです。ラットの皮下に小さなスポンジを埋め込み、好中球および炎症液の重量を測定しています。GLMEにより好中球の集積は阻害され、炎症液の浸潤が抑制されているのが分かります。
GLMEがTリンパ球や好中球の機能を阻害すると、免疫力が低下してしまうのではないかと心配されるかもしれません。しかし、下のグラフが示すように、好中球機能の90%以上が抑制されない限り、宿主の免疫力が阻害されることはないのです。GLMEの作用は穏やかであり、免疫を抑制することはありません。
3) GLMEの各活性に対する阻害効果
以前は、活性成分を溶媒抽出し、細胞レベルや動物モデルを用いて評価をしていました。しかし、このような実験から得られた結果は、実際に製品を経口摂取した際の効果を反映しているとは言えませんでした。ここでご紹介するオーストラリアのクイーンズランド大学とサザンクロス大学のデータは、より正確な結果を得るため、1段階目にはペプシンと塩酸(胃液)を用い、2段階目には膵酵素(腸液)を用い、経口摂取時の消化過程に近い状態を再現し実験されたものです。
その結果、GLMEによりTNF-αは25%、COX-2は6%阻害されています。一見、COX-2の6%という数字は小さいようですが、この数字が非常に重要であることは後ほど説明いたします。また、プロスタグランジンE2阻害は45%であり、プロスタグランジン3シリーズは阻害されませんでした。ホスホリパーゼA2(PLA2)は27%の阻害が確認されています。これらは全て中程度の阻害です。また、強力ではありませんが、GLMEは抗酸化活性を有することも分かりました。コラーゲンによる血小板凝集性の抑制は24%ですので、血液凝固、血栓の危険性もありません。線維素溶解活性も15%と適度な抑制です。さらに、GLMEは海洋性の長鎖脂肪酸を含有しているため、コレステロール生合成も8%阻害しています。
GLMEは単一成分ではなく、脂質、炭水化物、抗炎症性のミネラル分などを含んだ粗抽出物であるため、このような広範囲の抗炎症活性を示すことができるのです。
4) 阻害効果の用量依存性
アメリカで行われた研究では、GLMEが用量依存的にIL-1 およびTNF-αを阻害することが示されました。
5) GLMEの浮腫に対する効果
これは、マウスにカラゲニンを静脈注射して浮腫を誘発し、GLMEの浮腫に対する効果を観察した実験です。カラゲニンは海草の一種で、健康に有益な作用があるとされていますが、この実験では強力な炎症惹起性物質として用いられています。写真は上から、正常なフットパッド、カラゲニン注射後のフットパッド、GLMEを投与したラットにカラゲニンを注射したフットパッドとなっています。GLMEの浮腫抑制作用が一目瞭然でわかります。
6) GLMEを摂取した変形性関節症患者の臨床評価
GLMEの研究では、ヒトを対象にした臨床試験や動物(特にウマやイヌ)を用いた二重盲検試験が多数行われています。その中から、アメリカで行われた変形性膝関節症の患者105名を対象とした6ヶ月にわたる臨床試験のデータをご紹介します。長期の2重盲験試験はプラセボを投与される患者にとって不公平であり、倫理上の理由から実施するのは難しいため、この臨床試験は二重盲検ではなく、医師による臨床的評価を用いております。
6ヶ月後、60名の方が非常に良い効果が得られており、良い効果が得られた方は30名、残りは変化なしという結果が得られています。
3. GLMEの痛みに対する効果
QOLを低下させる原因の一つに「痛み」があります。痛みにはいくつかの種類があります。鬱状態は疾患を悪化させ、逆に幸せで前向きな姿勢でいると薬物による治療効果も高まることから、「心理的な痛み」というのも重要ですが、ここでは主に骨、腱、血管、神経などの「体性痛」を取り上げます。
関節炎やガンなどの炎症性疾患において痛みは重要な因子です。腫瘍による神経の圧迫、血管の閉塞、あるいは炎症といった様々な原因により痛みが発生すると考えられます。基本的には痛みは発痛物質のプロスタグランジン、ヒスタミン、ブラジキニンの産生によって起こります。組織が損傷を受けると、これらの物質が放出され、血管拡張、血管透過性の亢進、炎症が起こり痛みを発します。GLMEは少なくともプロスタグランジンとロイコトリエンを阻害することがわかっています。
GLMEのプロスタグランジン、ロイトコリエン合成阻害作用
細胞膜が損傷すると、細胞膜リン脂質に結合しているアラキドン酸がホスホリパーゼA2の作用により遊離します。遊離アラキドン酸は、シクロオキシゲナーゼ(COX)によってプロスタグランジンやトロンボキサンに変換され、5-リポキシゲナーゼによりロイコトリエンに変換されます。COXにはCOX-1とCOX-2の2種類があり、COX-1は常時発現して細胞レベルで機能しているのに対し、COX-2は炎症時にのみ発現する酵素です。GLMEは下図のホスホリパーゼA2、COX‐2、5‐リポキシゲナーゼを阻害することにより、炎症性のプロスタグランジン類およびロイコトリエン類の産生を抑制します。一方、GLMEにはCOX-1の阻害作用はありません。また、GLMEは喘息の治療薬ではありませんが、ロイコトリエンB4合成阻害作用のために、喘息症状が改善したという興味深い話も聞かれました。
4. GLMEの活性酸素種に対する効果
1) 活性酸素種とは
活性酸素(ROS)とは、活性化され、反応性の高い酸素関連物質の総称です。フリーラジカル(不対電子を有する原子や分子)も活性酸素の一種です。ペルオキシ亜硝酸(ONOO-)は最も有害なROSの一つであり、他にもヒドロキシイオン(OH-)、過酸化水素(H2O2)、一酸化窒素(NO)などがあります。ROSは食細胞、好中球、TNF-αやIL-1βなどのサイトカインにより発生します。そして細胞壁の脂肪酸を攻撃し、細胞膜機能を障害したり、炎症経過を増悪させたりします。下の図はROSのもたらす様々な作用をまとめたものです。
2) GLMEのROS阻害効果
生産されたGLMEは全てのバッチについて、生産過程で活性が失われていないかどうか毎月検査されています。ROS阻害率の測定には、強力なROS阻害剤であるアスピリン(アセチルサリチル酸)を基準として使用しています。2005年に行った12回の試験の結果、GLMEによるROS阻害率の平均は、アスピリンの80%でした。
ホメオスタシス(バランス)の重要性
サイトカインバランスが崩れると炎症が起きたり、組織が破壊されたりします。また、同じサイトカインであっても、炎症性疾患の場合には抑制するのが好ましく、ガンの場合には促進するのが好ましいものも多々あります。例えば、TGF-βです。これは抗炎症因子ですが、血管新生促進因子でもあります。また、COX-2は炎症惹起性であり発痛物質のプロスタグランジン2シリーズを合成するため、「悪玉」というイメージがありますが、同時にトロンボキサンの合成を調節するプロスタサイクリンを産生するという役割もあります。COX-1はプロスタグランジン3シリーズを合成する一方、トロンボキサンの産生も行います。つまり、COX-2のみを強力に阻害することは、相対的にCOX-1によるトロンボキサンの働きを高めるということになります。これがバイオックス(COX-2阻害剤)で血栓症による死亡例が相次いだ理由です。先ほどご紹介したように、GLMEによるCOX-2の阻害は6%ですが、慢性疾患の治療はこのような穏やかな作用を持つ事が重要なのです。つまり、1つの物質について一概に良い、悪いとは言えないのです。
このシーソーのスライドは、私の講演の中で最も重要なものです。左側はIL-1、TNFαなどの炎症性サイトカイン、右側は抗炎症性サイトカインです。スライドでは、炎症性サイトカイン産生が亢進している状態で、サイトカインのバランスが崩れています。炎症性サイトカインを阻害しバランスを取る際、強力に阻害しすぎると今度は右側が下がりすぎ、TGF-βやIGF-1の血管新生作用を促進してしまうことになります。したがって、このバランスをゆっくりと改善し、適切な位置で維持する事が重要なのです。
マコリピン、GLMEのような天然由来物質の最大の利点はこのシーソーを穏やかに調節できることです。多機能かつ中程度の作用を持ったこれらの製品は、多くの因子に対して徐々にではありますが着実に効果を発揮するのです。つまり、最も大切な「バランス」を保つ事ができるのです。
おわりに
飛行機旅行のような副作用を引き起こさずサイトカインのバランスを改善し、血管新生や免疫反応を調整するマコリピンやGLMEのような海洋性生物由来の製品を使用した補完医療は有効であると考えます。海は地球上で最もバランスの取れた環境であり、そこからは多くの優れた製品が開発されています。信じ難いかも知れませんが、地球上の生物体の80%は海中に存在しています。新たな健康食品や治療薬の研究開発という分野において、海はまだまだ大きな可能性を秘めているのです。